【映画】登場人物たちの感情が流れ込んでくる、素晴らしい心情描写『64-ロクヨン-(後編)』

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楽しみにしていた、『64-ロクヨン-(後編)』を観てきました。

64-ロクヨン-(後編)

前編とはまた違った、楽しみ方ができて、前後編分かれている映画ながらも、ただ長いストーリーというわけではなく、映画2本分以上のカタルシスがあったと思います。

あらすじ


佐藤浩市はじめ、綾野剛、榮倉奈々、瑛太、永瀬正敏、三浦友和ら日本映画界を代表する豪華キャストが結集し、「ヘブンズ ストーリー」「ストレイヤーズ・クロニクル」の瀬々敬久監督のメガホンで、ベストセラー作家・横山秀夫の小説「64(ロクヨン)」を映画化した2部作の後編。
昭和64年に発生し、犯人が捕まらないまま迷宮入りした少女誘拐殺人事件・通称「ロクヨン」。事件から14年が過ぎた平成14年、新たな誘拐事件が発生。犯人は「サトウ」と名乗り、身代金2000万円を用意してスーツケースに入れ、父親に車で運ばせるなど、事件は「ロクヨン」をなぞっていたが……。
後編は原作とは異なるラストへと向かっていく。
映画.comより)


映画は原作と違うラストなんですね。知りませんでした。
前編のレビューはこちらです。



リアルな人間が描かれている


まさに、本当にあったような出来事を映像化したかのように登場人物たちの心情描写がリアルでした。
前編でも思いましたが、それぞれの人物の感情が一面だけでなく、正義だったりエゴだったりと様々な面が組み合わさっていることがよく描かれていて、さらに行動も単純化できないリアルな人間の感情と行動が描かれていると感じます。

とくに、64事件の犯人に関しては、14年間普通の暮らしをしていたわけで、子供もいる普通の父親の一面がありつつも、急に64事件の犯人の一面が出たりと、ぞくっとするシーンがかなりありましたね。
個人的に、凶悪犯罪を起こす人間は必ずしも悪人なんかではなく、ただの人間が犯罪者になるということが主張されているような気がしました。

佐藤浩市演じる、三上も同じで、前編と後編通して、己の正義を突き通そうとする心があり、そしてもう一度娘をはじめとした人たちへ真に向き合う心構えをしていこうとするなか、64事件解決へとった行動は必ずしも褒められる様なものではないというのがなんとも心苦しいです。

64事件の解決への作戦


ネタバレになりますが、前編のラストに起こった第二の64事件は幸田と雨宮が起こした、犯人への復讐です。
電話帳に載っている電話番号をひとつひとつつぶしていった雨宮の行動は娘を殺されて絶望した彼の唯一の生きる上でのある意味の希望だったのではないでしょうか。雨宮は第二の64事件を犯人への復讐、そして幸田は警察組織の闇に葬られた64事件を解決したいという雨宮への責任や不甲斐なさから行動した気がします。

そのため、この第二の64事件は警察の狂言と疑われたりもしましたが、かつての三上の上司である、松岡や当時の64事件の現場担当者は幸田から計画を聞いていたのではないかと思いました。
そのため、64事件の犯人である目崎正人を最初から逮捕する目的があったのかなと、目崎の娘が無事であることが判明したときも目崎にそのことを伝えなかったり、松岡が「これは64事件の捜査なんだ!」と三上に言うシーンで考えました。
このシーンはかっこよかったですね。

しかし、幸田と雨宮の会話では県警はもう信用できないという旨の会話もあったので、どうなんでしょうか。
そのあと目崎がメモを半分食べるシーンも警察がしっかり監視して、確保に向かったので現場の反応や、目崎を尋問したあと解放されるときに松岡が「このチャンスしかないんです!」ということなどあったことを考えるとやはり一部の人間は知っていたかもしれません。

雨宮は知らなかったのかもしれませんが、幸田は警察への義理もあったので、松岡に伝えたんじゃないかなというのが私の考えです。
この辺りは原作小説を読むともっとわかりやすいかもしれません。

原作と映画のラストの違い


原作では、第二の64事件で幸田と雨宮が目崎に2,000万円を燃やさせ、「娘は小さな棺に入っている」というメモで雨宮にはめられたことに目崎が気がつき、警察は雨宮を保護という形で同行してもらい、自白を促す形で原作は終わっているみたいです。

幸田と警察が繋がっていることも明記されていて、警察は目崎に自白させ、それを伝えれば、幸田と雨宮も出頭するのではないかということから目崎の自白を優先させたそうです。

ラストははっきりしていないそうですが、三上が事件に関わった人間に「犯人が捕まった。」と伝えています。

映画では自白させることはできず、そのため三上が目崎の娘を利用して、目崎をはめます。
たしかに、原作と同じ終わり方ですと、小説としてはその後が想像できておもしろいですが、映画という映像作品ですともやもやしすぎてしまうので、映画のラストは映画としてかなりいいと思います。
その分しっかり、事件は解決したものに、三上、雨宮の感情は未だ落としどころがないところを揺れているようなラストが小説のように鑑賞者にその後を想像させておもしろいと思いました。

原作の内容はこちらのサイトを参考にさせていただきました。



まとめ


はじめて、前編後編にわかれている作品を観に行きましたが、大満足です。
こういう事件自体も難解で、登場人物がたくさん出てくる作品は前編後編にわけるのは正解ですね。ただぶつ切りにしているのではなく、前編と後編それぞれに取り扱うテーマが違うのもいいなと思います。

原作と映画のラストが違うのも賛否両論あるかと思いますが、私としてはいいラストだったと感じます。
文字媒体と映像媒体では、受け手の捉え方というものがすごく変わるので、それぞれ適したラストがありますからね。
とはいえ、小説のように鑑賞後に想像させるラストというのはすごく好みなので、その点でもクオリティが高いと感じました。

久しぶりに、濃厚な警察モノのヒューマンドラマを楽しめました。


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