【映画】ジョブズという男の様々な側面を垣間見る「スティーブ・ジョブズ(2016)」

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「スティーブ・ジョブズ」を観てきました。2016年版です。
2013年版の映画「スティーブ・ジョブズ」は観てなかったのですが、今回は予告を観たときにビビッときたので劇場へ足を運んでみました。

スティーブ・ジョブズ

スティーブ・ジョブズに関しては、僕がApple好きということもあって、何をやった人物かということに関してはアバウトな年表的には把握していました。
ジョブズ自身が伝記作家ウォルター・アイザックソンに頼み込んで執筆してもらった、原作「スティーブ・ジョブズ」も未読です。

コアなファンからしてみればニワカもニワカですが、ぼんやりとしたジョブズ像しかとらえていない自分でもとっても楽しめる映画でした。
iPhoneを使ってるくらいしかAppleと接点がなければ、まったく楽しめないとは思いますが、Macを使っている人ならば、Macを選んだ人なら楽しめると思います。
といっても、AppleⅡやiMac、iPhoneの開発自体の話はでてきませんし、Appleという会社がどのように成長していったか、はたまたジョブズの人生をなぞらえる話でもありませんでした。

1984年発表のMacintosh、Appleを追われた年のNeXT Cube、Appleに復帰して発表した1998年のiMacの3つのプレゼンテーション"直前40分の舞台裏"を会話劇として繰り広げるのが今作です。
そういった意味では、先ほどの開発系の話や、ジョブズの人生を垣間見たい人には物足りないかもしれませんね。
3つのプレゼンテーションの直前40分を通じて、ジョブズという人物を様々な側面からとらえることができるのが今作「スティーブ・ジョブズ」だと感じました。
そんなテーマとは別に、この作品は俳優陣がとっても素晴らしかったです。また脚本がとってもよく、120分をこえる映画なのですが、本当にあっという間に終わってしまいました。

あらすじ


1984年、アップル社の新製品発表会本番を40分後に控え、スティーブ・ジョブズ(マイケル・ファスベンダー)は部下のアンディ(マイケル・スタールバーグ)ともめている。今回ジョブズはどうしてもMacintoshに「ハロー」とあいさつさせたかったが、当の主役は沈黙したままだ。マーケティング担当者のジョアンナ(ケイト・ウィンスレット)は諦めるよう説得するが・・・


1984


ジョブズが当時Appleの売れ筋であるAppleⅡに変わる製品としてMacintoshをプレゼンテーションする直前の話です。
まだ29歳(だと思います)の若かりしころのジョブズですが、さっそくジョブズ節を発揮していました。

盟友ウォズの「AppleⅡの開発者への謝辞」も断固として断ったり、娘リサの認知もしない。
このように普通の人とは違う人物ということが、スクリーンからひしひしと伝わってきました。
これはマイケル・ファスベンダー演じるジョブズが本当に素晴らしいからだと思います。
ほとんど会話劇なんですが、すごく演じているというより、この劇中のジョブズという人物にすごくリアルを感じました。
会話もとってもエスプリがきいていてクスッとなるようなセリフばかりでした。

「瞬時?3週間あったろ。この世はその3分の1で出来た。」

こんな部下への無茶ぶりセリフもジョブズらしいです。

先ほど書きました、謝辞を断るという理由はすごく理解できます。
新しいものを発表するときに、古きものへの賞賛はいらないんですよね。本質ではないことをことごとく排除したからこそ、のちにiMacやiPhoneを生んでいくんですよね。
ジョブズのユーザーに自由を与えない製品作りというのは、本当に一貫しているというのもこの章から感じました。
「コンピュータはアート」という信念のもと、スペックではなくユーザービリティを与えることがこそ、ユーザーがついてくるのをわかっていたんでしょうね。
たぶんMacを使っている人はその感覚がわかるのではないでしょうか。
ウォズは、やはり技術者ですので、改造や拡張がしたいことが当たり前という感覚で、この二つは交わることはないんでしょうね。
話は逸れますが、Android端末を選ぶそれぞれの理由もはやり、拡張性がある、カスタマイズができるという理由が大きいですしね。

ジョブズは世の中にコンピュータを普及させるには、そういったギーク以外に購買層を広げなければいけないという意図があったのですかね。

その一方、リサを認知しないという側面もジョブズにはありました。
なぜリサを認知しないのかはこの劇中には描かれてはいませんでしたが、自分のやりたいこと(本質)にリサは必要ないと判断したからだと感じました。
コンピュータと人間を同等に扱ってしまうジョブズの側面はなかなか常人には理解しにくいですね。

しかし、リサを心からどうでもいいと思っている様子もなかったんですよね。
はやりLisaというMacintoshの前身となるコンピュータに娘の名前をつけたように、大切な存在ではあったんでしょうね。
わりきっていたのか葛藤があったのかは不明ですが。

リサがMacintoshを使って絵を描いたをみてジョブズは、コンピュータの未来のあり方と重ねたのはまちがいないと思います。

1988


結局、Macintoshはまったく売れずに、Appleをジョブズは追放されてしまいます。
NeXTの開発は、Appleに復帰するための作戦だったのでしょうか。
劇中でも、OSの開発を遅らせてAppleの出方を見るような感じでしたしね。

ジョブズを追放したスカリーとのやりとりでも、金儲けではなく理想を追い求めたジョブズの強い意思を感じます。
スカリーはジョブズより年もとっているので、ジョブズを諭そうともするんですが、なかなか人に諭されるジョブズではないという感じもひしひしと。

また、ここでもウォズとやりあったりもしていました。
ウォズの「君はプログラムも書けない、デザイナーでもない。君は何をした?」というセリフに対して、「音楽家は楽器、私はオーケストラを指揮する。」という返しにジョブズの生き方、カリスマ性が現れていますよね。またウォズとやりあっても、彼のことをみとめ、技術者として好きなことをやらせたいジョブズは素直ではないですよね。
他の技術者にも嫌いだったと言われても、僕は好きだった。返せるジョブズは、本当に人間関係というのは別で本質のみをとらえる人間なんでしょう。
人間関係を本質ととらえなかったからこそ、リサやその母親との確執や、ウォズをはじめとする技術者とのすれ違いがあったのでしょうね。

いままで書いていませんでしたが、マーケティング担当のジョアンナが非常に優秀で、彼の人間性のサポートをしていたことが伝わってきました。
彼女なしにはジョブズは成り立ってなかったはずです。劇中でもwork wifeとジョアンナは自称していましたし。

1998


そしてジョブズは復帰し、iMacを発表します。
このスケルトンiMacは僕もちょこっと使ったことがあるので感慨深かったです。
このときのジョブズはもうあのトレードマークの格好をしています。

1984のMacintoshとは打って変わって大成功の製品を発表する前なのですが、今まで以上に人間関係がごちゃごちゃしていました。
ジョブズに対する不満が全員爆発といったところでしょうか。
ジョブズも「発表前はみんな酔って、暴露がはじまるのか?」というようなセリフを吐いています。

リハーサルではみな和やかな雰囲気だったのですが、ジョアンナはリサとジョブズが和解するように、ジョブズに癇癪を起こして頼み込みます。
マーケティング担当のジョアンナが、仕事上ではなく、プライベートなことにここまで口を出すのはやはりジョブズに特別な感情があったせいでもあるのでしょう。
また、長年の部下である技術者がリサに金銭支援をしていることを知るとジョブズは、はじめて自分の父親という立場について考えるのです。

ウォズは再度、AppleⅡのトップへの謝辞を求めるのですが、ジョブズはまたも断固拒否。
むしろ、AppleⅡをけなします。ウォズも大激怒です。
この二人の関係は本当に信頼しあってるからこそ、友であり、音楽家と指揮者という立場の違いから、敵でもあるんでしょうね。

またスカリーとも和解します。
ジョブズは復帰し、ニュートンの発売停止をするのですが、「タッチペンがよくない。5本の指が使えないだろ。」とスカリーにいい、スカリーが「協力し合えていれば。」と嘆くシーンはとても印象的でした。はやりジョブズを認めているからこそ、技術者をはじめとするAppleはジョブズについていくのですが、彼の人物性の悪さから理解はし合えないところが、ジョブズの悲しいところでもあるのですが、理解し合う時間をとってしまえば、ジョブズの求心力、カリスマ性が失われてしまうんですよね。

その後、リサと和解しようとするのですが、いきなり父親としての自分を自覚してもリサにはわかってもらえません。
今まで、プレゼンテーションは定刻通りにするというジョブズの信念を曲げようとしてでもリサと和解しようとするジョブズには少し感動しました。
そして、リサが子どものころから腰にさげているカセットデッキに対して「そんな原始人みたいな音楽の聴き方はやめよう。ポケットに1000曲いれよう。」といい、iPodの示唆をするのはAppleファンとしてはとっても感動しました。

そして、iMacのプレゼンテーションをしにジョブズが舞台に出て、舞台袖にいるリサと目を合わせフィナーレでした。

まとめ


個人的には大満足な内容でした。俳優陣の演技が素晴らしいです。
本当にあっという間の映画でした。できれば、iPodやiPhoneの発表前も観てみたかったです。

ジョブズという人物、生き方を受け取り、いろいろなことを考えてしまいました。
経営者として、父親として、友として、といろいろな側面からジョブズをとらえている映画でしたので、この部分は共感できるけど、ここはどうなの?と様々な意見がジョブズに対して出ますね。
そんな映画です。

会話劇で進みますので、ジョブズはこうだ!という主張もなく、ジョブズはこんな人物だったんだよ、あとは判断してみて。というスタンスな映画でした。
独白もなく、むしろジョブズ本人の感情はあまり出ないのも映画として面白くなる要素だったと思います。
ジョブズの思考を前面に押し出すと天才の考える事は理解できない。になってしまうところを、周囲の人間の感情を際立たせることで、ジョアンナや、リサ、ウォズに感情移入し、観客が客観的にジョブズをとらえることに成功したのかなと感じます。

そういった意味でも、伝記ものとして非常によい映画でした。
それを支えるように、セリフまわし、演技のよさもあってエンターテイメント性もある娯楽映画だったと思います。

ウォズ 「コンピュータはアートじゃない。」
ジョブズ「×××クユー」
ジョブズ「必ずそれを言うたびに××ッ×ユーという。もう一度いってみろ。」
ウォズ 「コンピュータはア・・・」
ジョブズ「フ×××ユー」


というガレージ時代の、二人のスティーブの掛け合いが非常に気に入りました。
プレゼンテーションの準備シーンでも、出てきてニヤリ。



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