【映画】壁の絵が変わってる!背景もじっくり見たい「バケモノの子」

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細田守監督の最新作「バケモノの子」を観てきました。
ぶっちゃけ前作が私の中であまり響かなかったので、今作にはとくに期待も邪推も抱かずに鑑賞。

バケモノの子




ストーリーは「少年の成長」、「人との繋がりや絆」、「心の闇との葛藤」という王道的なもの。
ですがこの3つの要素がお互いを邪魔せず、けれどしっかりと描かれていて、約2時間を退屈せずに鑑賞できました
後半はこの3つが凝縮して展開されるので、すこし頭がパンクしそうに(笑)


九太と熊徹は師弟であり、親子のようでもあり、ライバルでもあり、そして相棒でもあるような、一言で表すには不思議な、けれども確かな絆が感じられる関係性を築いていました。
この関係性が今作の面白いところでもあるかなぁと。

印象的だったのは九太が初めて感謝の言葉を使った相手が、勉強の師匠 楓ちゃんだったこと。
それまで九太は誰かに「ありがとう。」と言ったことがない、はず…(記憶違いだったら恥ずかしい)。
熊徹からは身体的な強さを、そして楓ちゃんからは心の強さを学んだのかなぁ。


この楓ちゃん、物語に大いに関わってくる貴重な女性キャラクターなのに全然ヒロインっぽくない!!
淡い恋愛展開になるのかと思いきや、九太に将来を示しつつも心の支えとなっていて、まるで思春期の子を持つ親のような役割的存在。
「蓮くんが決めるのよ。」と一歩引いた位置で彼を応援する彼女は、ヒロインというよりも母親のように思えました。

そこがちょっと新鮮で、わりと好印象。
でもこの作品、女性キャラクターが全然出てこないですね。
前作が母親の物語だったからかな?


九太こと蓮の実の父親も後半で登場しますが、本当に普通の人。
なんで離婚したの?と疑問がわくほど普通。
蓮の両親がなぜ離婚したのかわからないのが、すこしモヤモヤでした。
最後に蓮が父親と過ごすために、マイナスイメージをつくりたくなかったのかな?


熊徹と対照的な存在の猪王山。牙がすごい。
多くのバケモノから頼りにされ、次の宗師は彼に違いないと誰もが支持する人徳のある完璧なバケモノ。
そんな彼も二人の息子を持つ父親だけど、父親としては完璧ではなかった。

どんなに社会的には立派でも、良い父親になるとは限らないってことなのかな?
……流石にこれは捻くれた考えですかね(笑)
あっ、でも猪王山は頑張っていたと思いますよ!
子ども達を愛する良い父親だったけれど、息子の心の闇を克服させる術を持たなかっただけで!


バケモノというファンタジー要素からついジブリを連想してしまいますが、ジブリが与えてくれるような余韻はこの作品にはありません。
ところどころジブリを彷佛させる箇所もありますが、やっぱり違う。
かといって今までの細田作品とも違う、独特の雰囲気を持った作品。

バケモノの世界《渋天街》と人間の世界《渋谷》。
このふたつが舞台ですが、どうしても馴染み深い渋谷の印象が強く引っ掛かる。
これが今作に漂う独特の雰囲気の要因かも?

というのも、渋谷の描写がやけにリアリティ満載なんですよね。
冒頭の夜の渋谷のシーンなんて「え…あれっ?実写?」と勘違いするほど、渋谷の空気感の再現が尋常ではない!

あまりにも忠実すぎて、不可思議な現象が起こるとすっごく違和感。
何度も「これはファンタジーだから不思議で当然!」と心の中で思ったほど。
だからこそ異世界のバケモノが際立っているのですが。


それにしては、バケモノの暮らしは人間と大差のないものでした。
見た目の異質さに慣れてしまえば、彼らと人間に違いはないのです。
異種族の交流を描くときによくあるテーマですよね。

ここは異世界だ!バケモノの世界なんだ!と強烈に感じさせられるのは、蓮が初めてバケモノの世界に迷い込んだシーンくらい。
この一連のシーンは結構お気に入りです。

説明的な台詞や感情の吐露はないのに、観ていると「なんだかおかしいぞ!ここは異世界だ!」としっかり説明できているカットの連続。
それに合わせて蓮の焦燥感とリンクするように、段々と速くなるカメラワーク。
この動きが激しくて、若干酔いそうになりました。

それと市場に並ぶ食材(カエルなど)が、異世界の臨場感を存分に発揮していました。
やはり異文化の異質さを描くには、現地の食生活を描写するのが効果的なんです。
なのに熊徹が食べる朝ご飯は卵かけご飯。

ふっっっっっつうじゃん!!!!私も食べるよ!卵かけ御飯!!

生卵だけで食していたのが、すっごく気になりました。
醤油をかけると食べやすくなるよ、九太くん。


演出として好きな部分もたくさん。
街灯りと夕闇の対比が美しいし、劇中は空の描写が多くて印象的でした。
細田作品恒例の入道雲もばっちりでしたね。

光と影を使った表現も凝っていて、冒頭で蓮を引き取りにきた親戚の顔が陰っていてよく見えない描写は、蓮の孤独と親戚達への不信感をうまく表していました。
太陽光が射し込む窓際に座り込む蓮と、部屋の奥で陰った場所に立つ親戚。
この両者はけして歩み寄ることも、分かり合うこともないんだなぁ〜と勝手に解釈。


熊徹が暮らす付近の家々は、日本的でもアジアンテイストでもなかったのが印象的。
個人的には欧州の雰囲気を感じました。
渋天街の入り口は中華的だったのにね。

そして熊徹の自宅の近く、中心部と繋がる裏路地は何度も登場する印象的な場所。
この裏路地の右側の壁の絵が前半と後半で変化しているのも、時間の経過を感じられて良い演出でした。
手を繋ぐ二人組のバケモノに、小さなバケモノ(二人組の子ども?)が加わる。
たったこれだけで、なんだかちょっぴり切なくなりました。

アップで映し出されているわけではないので、この変化は見逃してしまいそうですが、なかなかにくい演出です!
背景描写にも注目して楽しみたいですね。


エンドロールにはMr.Childrenの「Starting Over」が使われていて、個人的に嬉しかったり。
この曲を聴き込んで歌詞を知っているので、映画の内容とリンクしているなぁ〜と感じましたが、初見の人にはちょっと違和感かも?





九太の「いろんな人が育ててくれた。」は良い台詞だなぁとしみじみ。
あらすじも登場人物もろくに知らずに観に行きましたが、とっても楽しめる作品でした!
ではでは本日はこのあたりで、失礼いたします。

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